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State as a ServiceとNetwork State

目次

背景

  • 国を複数拠点持つことの意味について考えていたところ、国家を固定された帰属先ではなく、選択可能な「サービス」として捉える発想に行き着いた
  • この発想は、Balaji Srinivasanが提唱したState as a Service・Network Stateという概念につながっていて、さらにその先駆けとなる、より古い個人レベルの実践(Flag Theory)も存在する
  • この記事では、理論的な土台から、集団レベルの制度構築、個人レベルの実践まで、この系譜を整理する

Exit, Voice, Loyaltyという理論的土台

  • 経済学者Albert O. Hirschmanが1970年の著書『Exit, Voice, and Loyalty: Responses to Decline in Firms, Organizations, and States』で示した枠組み
  • 組織や国家が衰退したとき、人は3つの方法で応答する
    • Exit(退出): その組織・国家から離れる
    • Voice(発言): 内部から意見を述べて改善を求める
    • Loyalty(忠誠): 不満があっても留まり続ける
  • Balajiの立場は、現代の国家はあまりに官僚化・固定化していてVoiceが機能しないため、Exitを選ぶべきだというもの

State as a Service: 国家をサービスとして見る

  • DropboxやGoogleのような巨大テック企業は、数億〜数十億人規模のユーザーから自発的な対価を得ていて、収益規模が多くの国家の歳入を上回る
  • その運営モデルは単純でフェア: 対価を払えばサービスを受け、払わなければ停止される、という非強制的なシステム
  • 国家の運営もこのモデルに近づけるべきだ、というのがState as a Serviceの発想。市民は「国民」である前に「ユーザー」であり、気に入らなければ別の国(別のサービス)に切り替えられる

Network State: Cloud First, Land Last

  • Balajiが自費出版した書籍『The Network State: How To Start a New Country』(2022年、474ページ)で具体化した国家形成のモデル
  • 「Cloud First, Land Last」、つまり物理的な領土ではなく、まずネット上の有志コミュニティから始める
    • 道徳的な目的(moral purpose)を持つオンラインコミュニティを作る(startup society)
    • コミュニティとしての結束を強め、組織化する(network union)
    • 暗号資産で出資を集め、世界中の土地(連続していなくてもよい)を買っていく。スタートアップのSeries A資金調達に似た仕組み
    • 買い集めた土地は、1つの連続した国土ではなく、群島のように分散した「network archipelago」になる
    • 最終的に外交的な承認(diplomatic recognition)を得て、主権国家に近づく
  • Hirschmanの枠組みに対するBalajiの独自の貢献は、個人のExitではなく、集団的なExit(Sovereign Collective、部族単位での国家建設)を提示したこと

Flag Theory: より古い個人レベルの実践

  • Network Stateより半世紀以上前から、個人レベルで同じ発想を実践する考え方が存在した
  • Harry D. Schultzが1964年の著書『How to Keep Your Money and Your Freedom』で示した「Three Flags」理論
    • 第二国籍を持つ
    • 資産を自国外の安全な場所に置く
    • タックスヘイブンに合法的な住所を持つ
  • その後W.G. Hillがこれを拡張し「Flag Theory」と名付け、Perpetual Traveler(PT、恒久的旅行者)という生き方の概念を追加した
    • どの国にも税務上の居住者として定着しないよう、複数の国を移動し続ける
    • 国籍・居住地・資産・事業の拠点をそれぞれ別の国に分散させ、1つの国家に全面的には依存しない状態を作る
  • Network Stateのような集団的・制度的なアプローチとは異なり、個人が自分自身の「国籍ポートフォリオ」を組むという、より実践的・個人主義的な先駆け

PortabilityとCosmopolitanismの違い

ここまでの発想は「Portability(持ち運び可能性)」という1つの軸で説明できるが、これは似た言葉の「Cosmopolitanism(コスモポリタニズム)」とは軸が異なる。

  • Portability(Flag Theory・Network State): 自分の利益のために、複数の国家を戦略的に使い分けるという、実利的・自己中心的な発想。他者や人類全体への道徳的な関心は前提にしていない
  • Cosmopolitanism(コスモポリタニズム): 全人類が1つの道徳的共同体に属するという、倫理的な普遍主義。古代ギリシアのディオゲネスが最初に「世界市民(kosmopolitês)」と自称し、ストア派が体系化、カントが『永遠平和のために』(1795年)で「世界市民権(Weltbürgerrecht)」として法理論に組み込んだ
  • 両者は一致するとは限らず、むしろ緊張関係にありうる
    • Perpetual Traveler(PT)は自分の税金・資産を守るために国家を渡り歩くが、人類全体への平等な道徳的配慮という意味でのコスモポリタン的な連帯感は必須ではない
    • 逆に、熱心なコスモポリタンが、Exitではなく自国に留まってVoice(政治参加・国際援助)を通じて普遍的な正義を追求することも普通にある
  • つまり「Portabilityだから自動的にCosmopolitanism」ではなく、戦略(Portability)と倫理的立場(Cosmopolitanism)は別軸で、両立もするし対立もする

Network StateとCyber-utopianism

Network Stateの発想は、ある意味でCyber-utopianism(サイバー・ユートピア主義)の系譜に位置づけられる。

  • 評論家Evgeny Morozovは、2011年の著書『The Net Delusion: The Dark Side of Internet Freedom』で、Cyber-utopianismを「オンラインコミュニケーションの解放的な性質を無邪気に信じ、その負の側面を認めようとしない態度」と定義した
  • Network Stateも、「クラウド(ネット上のコミュニティ)が、既存の政治制度より優れた統治を自然に生み出す」という、技術が自動的に良い結果をもたらすという前提に立っている点で、この系譜に連なる
  • ただし、1990年代のCyber-utopianism(Barbrook & Cameronの「The Californian Ideology」、John Perry Barlowの「サイバースペース独立宣言」など)とは方向性が異なる
    • 1990年代の系譜: 既存の国家・制度を「情報は自由を望む」の発想で無効化・迂回しようとする、反制度的・無政府主義的な性格が強かった
    • Network State: 既存の国家を無効化するのではなく、暗号資産での資金調達・土地購入・外交承認という、既存の国家システムの手続きに乗った上で新しい国家を作ろうとする、建設的・制度志向的な方向性を持つ
  • とはいえ、Morozovの批判の核心(技術的に可能なことが、自動的に良い統治を保証するとは限らない)は、Network Stateにもそのまま当てはまる。クラウドネイティブな共同体が生まれても、権力の集中・少数意見の排除・紛争解決といった、既存の国家が抱える問題がそのまま消えるとは限らない

まとめ

  • 国家を固定された帰属先ではなく、選択可能なサービスとして捉える発想は、Hirschmanの理論的枠組み(Exit, Voice, Loyalty、1970年)、Flag Theory(1964年、個人レベルの実践)、Network State(2022年、集団レベルの制度構築)という系譜で整理できる
  • 時系列としてはFlag Theoryの方が古く、Network Stateはそれを集団・制度のレベルに拡張したものと見ることができる
  • 共通しているのは、1つの国家への依存をポートフォリオ的に分散させ、Exit(退出)の選択肢そのものを確保するという発想
  • 国を複数拠点持つことの意味は、単なる利便性ではなく、このExitの選択肢そのものを買っている、と捉えることができる
  • 一言でまとめると、Patriotism(1つの国への忠誠)よりPortability(持ち運び可能性、分散できること)を優先する発想。1つの国家に全てを賭けるより、複数に分散させておく方が、リスク対応として合理的ということ
  • ただしこのPortabilityは、全人類への平等な道徳的配慮を意味するCosmopolitanismとは別軸であり、両者を混同しないよう注意が必要
  • Network Stateは技術が自動的に良い統治を生み出すという前提に立つ点で、Cyber-utopianismの系譜にも位置づけられる。この前提そのものへの懐疑(権力集中・排除・紛争解決の問題は技術で消えない)は、常に念頭に置いておく必要がある

参考文献

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