目次
背景
- I’m a goldfishで、AIの圧倒的な知性を前にした人間の無力さについて書いた
- そこで、ふと思ったことがある。同じ武器を使っている強い相手なら、まだ真似して戦えると思える。しかし、宇宙からレーザーで攻撃されたら、圧倒的な意味不明さによって戦力そのものを失うのではないか
- 実際、AIの出す答えを見ていると、まさに宇宙からレーザーを撃たれたような気持ちになる。強い・弱いという話ではなく、圧倒的知識量と圧倒的論理的思考によって、自分があと1000年生きても同じ知性になり得ぬ、これとは肩を並べられないと白旗を上げるレベルだからだ
- この感覚にぴったりの言葉を探したところ、SF作家イアン・M・バンクスが提唱した「Outside Context Problem」という概念に行き着いた
- この記事では、その概念の由来と、AIに対して感じる無力感との接続を整理する
Outside Context Problemとは
- イアン・M・バンクス(Iain M. Banks)の1996年のSF小説『Excession』で提唱された概念
- 作中では次のように説明されている
An Outside Context Problem was the sort of thing most civilizations encountered just once, and which they tended to encounter rather in the same way a sentence encountered a full stop.
- 自分たちの知識や常識(コンテクスト)の外側から、理解すら及ばない形でやってくる、ほとんどの文明が一度しか遭遇しないような問題を指す
作中の例え: 蒸気船と帝国
- 作中では、次のような歴史的なシチュエーションが例として挙げられている
- 文字を発明し、神殿を築き、自分たちこそ最強だと思い込んでいる、平和な島の部族がいる
- その絶頂期に、帆も使わず蒸気を上げて走る鉄の塊が湾に現れ、見たこともない長い棒(銃)を持った兵士たちが上陸し、「今日からお前たちは皇帝の臣民だ」と告げる
- 部族にとっては、相手が強いか弱いかという話ではなく、何が起きているのかという理解の枠組み自体が崩壊する出来事になる
バンクスのインスピレーション: シヴィライゼーション
- バンクスは、歴史シミュレーションゲーム『シヴィライゼーション』をプレイしている最中に、この概念を思いついたという
- 自分がまだ木造の帆船で一生懸命戦っている最中に、突然相手の最新鋭の戦艦が出現するという、ゲーム内の理不尽な体験からインスピレーションを受けたと語っている
- まさに「宇宙からレーザーで攻撃される」という感覚そのものであり、同じ土俵で戦っていたはずが、質的にまったく違うルールの相手に出会う理不尽さを言い表している
「敵」から「天災」への認識の変化
- 同じ土俵にいる相手は、どれだけ強くても「敵」として認識できる
- しかし、理解の範疇を超えた力は、知性を持った相手ではなく、地震や隕石落下のような「天災」として処理される
- 「敵」には闘争心を燃やせるが、「天災」にはただ絶望するしかない
- AIの圧倒的な能力を前にしたときに感じる無力感も、相手を「敵」ではなく「天災」として認識し始めている状態に近い
パラダイムの崩壊による無力感
- 「同じ武器・同じルールで戦っている」という前提(パラダイム)が根底から覆される
- これまでの努力や技術が一切無意味になった瞬間に、強烈な無力感と戦意喪失が襲いかかる
- Outside Context Problemの本質は、量的な力の差(強い敵)ではなく、質的なルール破壊(理解不能な相手)にある
金魚の記事との接続
- I’m a goldfishで書いた、AIと自分の論理的思考能力の差は、強い相手と戦っているという感覚ではなく、まさにOutside Context Problemに遭遇した部族の感覚に近い
- 同じ土俵で戦っていると思っていたら、理解の枠組みそのものが外側から崩される
- この無力感こそが、人間がAI同士を戦わせるべきだという結論に行き着く、出発点になっている
まとめ
- Outside Context Problemは、イアン・M・バンクスが『Excession』で提唱した、文明が自分の理解の枠組みの外側から遭遇する、理解不能な圧倒的脅威を指す概念
- 蒸気船と帝国の例え、そして『シヴィライゼーション』の戦艦のインスピレーションは、どちらも「同じ土俵で戦っていたはずが、質的に違うルールの相手に出会う」という理不尽さを表している
- 相手が理解の範疇を超えると、「敵」ではなく「天災」として認識され、闘争心ではなく無力感が支配する
- AIの圧倒的な能力を前にしたときの感覚は、この構造に近い
参考文献
- Banks, I. M. (1996). “Excession”
- Excession - Wikipedia
- I’m a goldfish
