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「実践は真理を検証する唯一の基準」について

目次

背景

  • 最近、ロボティクス・AI・自動運転など最先端技術で、中国が確実にリードしているように感じる場面が増えた
  • 以前のように先行事例を徹底的に模倣する立場に留まらず、実際に先頭を走っている領域も出てきている
  • そこで思い出したのが「実践は真理を検証する唯一の基準である(実践是検験真理的唯一標準)」という言葉
  • この言葉を起点に、真理の検証方法、正しさの境界、実践によって境界を押し広げるという発想を整理する

実践は真理を検証する唯一の基準

実践は真理を検証する唯一の基準とは

  • 1978年5月11日、中国の光明日報一面に掲載された論文のタイトル
  • 主著者は南京大学哲学科の准教授だった胡福明(当時43歳)
  • 前日の5月10日に中国共産党中央党校の内部刊行物理論動態に先行掲載され、翌日光明日報に「特約評論員」名義で掲載、新華社が全文を配信し、人民日報解放軍報にも転載された
  • 胡福明の原稿は、その後複数人の手で修正が加えられ、最終的に胡耀邦(当時の中央組織部長)の審査を経て発表されたとされる
  • 内容は、当時の華国鋒政権が掲げていた「両個凡是(二つのすべて、毛沢東の決定と指示は全て正しいとする方針)」路線を、マルクス主義の「実践第一」の立場から批判するもの
  • これが「真理標準大討論」という全国的な議論を引き起こし、その後の鄧小平による改革開放路線への転換の思想的な地ならしになったとされる

真理を検証する2つの立場

この論文が扱っているのは、単なる政治的スローガンではなく、真理をどう検証するかという古くからの哲学的な対立軸そのもの。

  • 対応説(Correspondence Theory)
    • ある命題が事実・現実と対応しているかどうかで真偽を判定する立場
    • 公理から演繹して正しさを決める、形而上学的・論理的な検証の仕方
  • プラグマティズム
    • パース・ジェームズ・デューイらに代表される立場で、真理とは実際にうまく機能するものだという考え方

ちなみいん、1978年の中国の議論は、後者、すなわち実践によって検証されたものだけが真理であるという立場に近い。

正しさには境界がある

ただし、実践で検証された正しさであっても、常に無条件に成り立つわけではない。

系の中で正しい例

  • ユークリッド幾何学
    • ユークリッド幾何学の公理は、平面上では成り立つ
    • しかし、球面のような曲がった空間の上では成り立たない(非ユークリッド幾何学)
  • ニュートン力学
    • $F=ma$は、日常的な速度・スケールではよく機能する
    • しかし、光速に近い速度では相対論的な補正が必要になり、原子より小さいスケールでは量子力学に置き換わる

つまり、ある系・前提の中でのみ成り立つ近似が、あたかも普遍的な法則であるかのように扱われていることがある。

ゲーデルの不完全性定理

この「境界がある」という直感を、数学的に裏付けるのがゲーデルの不完全性定理。

  • 算術を含む程度に強力な、無矛盾な公理系には、その系の内部では証明も反証もできない命題が必ず存在する
  • つまり、無矛盾かつ完璧(全ての真なる命題を証明できる)な公理系は存在しない
  • どんな理論体系にも、その体系だけでは決着のつかない領域が原理的に残るということ

対応原理

物理学には、新旧の理論の関係を定式化した「対応原理」という考え方がある。

  • 新しい理論(相対論・量子力学)は、旧理論(ニュートン力学)がこれまで正しいとされてきた領域では、旧理論の結果に近似的に一致しなければならないという原則
  • つまりニュートン力学は「間違っていた」のではなく、「ある境界の中でのみ正しい近似だった」ということになる
  • 理論が更新されるということは、真理が覆るのではなく、それまで見えていなかった境界の外側が見えるようになるということ

境界の見極め

実践で境界を押し広げる

正しさに常に境界があるのだとすれば、次に問題になるのは、その境界をどう広げていくか。

  • 理論的に境界をあらかじめ厳密に決めてから行動するというアプローチもある
  • しかし、境界そのものが未知である以上、実際に実験・実践してみて初めて境界の位置が分かる、という場合も多い
  • 中国の技術開発に感じる勢いは、この「まず実践してみて、その結果から境界を確定していく」というスタイルに近いように見える
  • 空理空論ではなく、実践に裏付けられた実論を積み重ねていく発想

The Bitter Lesson

同じ構造を持つ議論が、強化学習研究者のRich Suttonが2019年3月13日に発表したエッセイThe Bitter Lesson

  • 近年、人間が設計した理論的な事前知識(対象領域に特化した構造・ルール)を組み込む手法は、短期的には性能が良く見えることが多いが、長期的には、計算資源とデータを使った汎用的な探索・学習の手法に置き換えられてきた
  • チェス、囲碁、音声認識、コンピュータビジョンなど、AI研究の歴史を振り返ると、人間の知識を作り込んだ手法が一時的に優位に立つものの、最終的には計算量に基づく汎用的な手法が上回るというパターンが繰り返し起きている
  • Suttonはこれを「苦い教訓」と呼んでいる
  • 人間の直感や理論的な設計思想に頼るより、力任せの探索と学習に任せた方が良い結果になる、という事実は、研究者にとって認めにくいものだから
  • これも、理論的な正しさの境界を先に固定するのではなく、実践(計算資源を使った試行錯誤)によってその境界自体を押し広げていくという、同じ構造を持つ主張だといえる
  • 自分もクラスのタクソノミーを定義するより、実データからサンプリングする方が精度が高かったという教訓を持っている

まとめ

  • 「実践は真理を検証する唯一の基準」という言葉は、1978年の中国における政治的な文脈を持つと同時に、真理の対応説とプラグマティズムという哲学的な対立軸そのものを扱っている
  • ゲーデルの不完全性定理や物理学の対応原理が示す通り、正しさには常に境界があり、完璧で無矛盾な体系というものは存在しない
  • だとすれば、境界の中で理屈をこねる空理空論より、実践によってその境界自体を押し広げていく実論の方が、長期的には有効な戦略になりうる
  • 中国の技術開発に見られる勢いと、AI研究におけるThe Bitter Lessonは、時代も分野も異なるが、いずれも同じ論理の異なる現れ方なのかもしれない
  • ただし、リスクが大きいものはそのリスクを見極める必要もあるため(例えば公害とか)、それは天秤にかけて実験するべきだと思う

参考文献

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