一方、Worse is Better(AT&TのUnix/C、DARPAのTCP/IP)は、資源が豊富にあった組織が、あえて単純さを戦略的に選んだという話。制約から仕方なく選んだのではなく、完全性より単純さの方が実務で勝つと見抜いて選んだ
結果(雑でも速い方が強い)は同じでも、理由(必要に迫られた工夫 vs 戦略的な判断)が異なる
Less is Moreとの違い
「Less is More(少ない方が豊かである)」も似た響きを持つが、主張の向きが逆
元は詩人Robert Browningの1855年の詩「Andrea del Sarto」の一節で、建築家Ludwig Mies van der Rohe(ミース・ファン・デル・ローエ)がミニマリズムの標語として広めた
Less is Moreは「要素を削ぎ落とすことで、より質の高い・エレガントな設計になる」という、品質そのものに関する前向きな価値判断
Worse is Betterは「理論的には劣る設計でも、実装の速さ・単純さによって、先に普及した方が実務上は勝つ」という、品質ではなく普及・タイミングに関する主張
WWWやTCP/IPが「質が高い」から勝ったわけではない。あくまで「先に広まった」から勝った、という点がLess is Moreとの決定的な違い
まとめ
Xanadu(厳密な双方向リンク・Transclusion)とOSI参照モデル(7層の包括的な標準)は、どちらも理論的に正しい「The Right Thing」を目指した設計だったが、WWW(片方向リンクとコピペ)とTCP/IP(ARPANETの具体的な問題解決)という、雑だが先に動いた設計に実務で負けた
この構造は、Richard P. GabrielのWorse is Better(1989年)という理論的枠組みで説明でき、さらに遡れば孫子の「拙速は巧遅に勝る」にも通じる
Jugaad(インドの即興的イノベーション)も同じ結論に至るが、制約による必然という点でWorse is Betterの戦略的選択とは動機が異なる
Less is More(建築のミニマリズム)も似た言葉だが、「質そのものが高い」という主張であり、「質は劣るが普及で勝つ」というWorse is Betterとは主張の軸が違う
結論を2つの言葉でまとめると、Worse is Better(理想が完成する前に、雑でも先に広まった方がロックインで勝つ)であり、同時にLess is More(削ぎ落としたシンプルな設計は、普及という観点でも結果的に豊かな価値を生んだ)とも言える。質の高さではなく普及の力学としての勝利であることを押さえつつ、両方の言葉がこの現象の違う側面を言い当てている