目次
背景
- 個人的にゴッホのアイテムを集める事に最近ハマっている
- きっかけは、ポケモンカードのゴッホピカチュウだろう
- しかし、ゴッホを知れば知るほど、Cyberpunkとの関係を感じた
- Starry NightとCyberpunkのNight Cityは時代を超えた共通点を感じる
- Cyberpunkの源流はニューロマンサーで千葉がでるし、ゴッホも日本との関係もある
- そこでAIにサイバーパンクとゴッホの共通点について分析してもらった
前提
サイバーパンクとは
- 1980年代に確立されたSFのサブジャンル
- “cyberpunk"という語自体は、Bruce Bethkeが1980年に執筆し1983年に発表した短編小説のタイトルが由来
- ジャンルとしての決定打は、William Gibsonの長編小説『ニューロマンサー』(1984年)
- “High tech, low life”(高度なテクノロジーと、退廃・貧困が同居する社会)という対比が定義的な特徴
- 巨大企業が国家を上回る権力を持つ近未来、ネオンに彩られた夜の都市、サイボーグ化された身体、仮想空間(サイバースペース)といったモチーフを多用する
- 映像面の代表作に『ブレードランナー』(1982年)、『アキラ』(1988年)、『攻殻機動隊』(1995年)などがある

ゴッホとは
- フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890年)、オランダ出身のポスト印象派の画家
- 牧師を志すも挫折し、27歳から独学で絵を描き始め、37歳で自殺するまでの約10年間で代表作の大半を残した
- 代表作に『星月夜』(1889年)、『ひまわり』の連作、多数の自画像などがある
- 厚塗りの筆致と鮮烈な色彩によって、対象の外観よりも感情そのものを表現する手法を確立した
- 生前に売れた絵はごくわずかで、代表的な記録は『赤い葡萄畑』(1888年)が1890年に400フランで売れた1件とされる。ただし「生涯に1枚しか売れなかった」という通説は単純化されすぎているとの指摘もある
- 精神的な不調に苦しみ、1888年には自らの左耳を切り落とす事件を起こし、1890年に37歳で亡くなった

ゴッホと表現主義
- ゴッホは、色彩と筆致そのもので感情を伝えるという手法を確立し、美術史上ドイツ表現主義の最も重要な先駆者とされている
- 1905年にドレスデンで結成された表現主義グループ「ブリュッケ(Die Brücke)」のキルヒナーらは、ゴッホの激しい筆致・強烈な色彩・波乱に満ちた生涯に強く惹きつけられた
- ゴッホの死(1890年)から第一次世界大戦までの間、その作品はドイツで国際的に画期的な芸術の代名詞として受け止められていた
表現主義からサイバーパンクへの映像的系譜
ゴッホに始まる表現主義の感情表現は、絵画の枠を超えて、後の映像作品にも受け継がれていく。
フリッツ・ラングのメトロポリス(1927年)
- ドイツ表現主義映画の代表作で、光と影を強調した誇張的な演出が特徴
- 支配層が暮らす高層都市と、労働者が働かされる地下という、階級で分断されたディストピア都市を描いた
ブレードランナー(1982年)への直接的影響
- 監督のリドリー・スコットにとって、制作中最も強い印象を受けた作品が『メトロポリス』だったとされている
- 巨大な建造物・汚れた通り・雑然とした市場・打ち捨てられた摩天楼といった『ブレードランナー』のビジュアルは、『メトロポリス』から直接引き継がれている
- 光と影、煙、原色を駆使した表現主義的な画作りも、ドイツ表現主義映画の技法を踏襲したもの
- 特権階級が暮らす上層都市と、庶民が暮らす下層という社会構造も、両作品に共通する
つまり、サイバーパンクの視覚的な原型である『ブレードランナー』は、表現主義映画を経由して、ゴッホの表現手法にまで系譜をたどることができる。
日本との関係
ゴッホとジャポニスム
- ゴッホは1885年、アントワープで日本の浮世絵に出会い、その後パリで大量の浮世絵を収集した
- 特に広重の作品に強く惹かれ、1887年には広重の2つの浮世絵をそのまま油絵として模写している
- 妹ウィルへミナへの1888年の手紙では、明るい色彩の日本の絵画による絵画の革命について語り、「テオと私は何百枚もの日本の浮世絵を持っている」とまで書いている
- 大胆な構図、強い色彩、平坦な色面といった浮世絵の特徴は、ゴッホ自身の作風の転換に大きく影響した
サイバーパンクとテクノオリエンタリズム
- 一方サイバーパンクというジャンルにも、日本への強いまなざしがある
- 社会学者David MorleyとKevin Robinsは、1995年の著書
Spaces of Identityで「テクノオリエンタリズム(techno-orientalism)」という概念を提唱した - これは、1980年代から90年代にかけて日本が経済的に台頭したことへの欧米の不安(“Japan panic”)を背景に、東アジアを「高度に技術化された近未来」として、同時に「冷たく非人間的な存在」として描く表象のこと
- 『ブレードランナー』をはじめ、サイバーパンクの作品群は、アジア的な意匠を未来都市の背景として多用しながら、それを異質なもの・脅威として描く傾向がしばしば指摘されている
2つの「日本へのまなざし」という共通点
- ゴッホのジャポニスムは、19世紀後半の西洋美術が日本の美意識に憧れ、そこから形式的な着想を得た動き
- サイバーパンクのテクノオリエンタリズムは、20世紀後半の欧米が日本の技術的躍進に不安を抱きながら、それを近未来のイメージに投影した動き
両者は直接つながっているわけではないが、「西洋の芸術運動が、それぞれの時代の日本という他者を通して、自分たちの新しい表現を作り上げた」という構造そのものは共通している。憧れと不安という感情の向きは正反対だが、日本という鏡に自分たちの時代を映し出したという点では、同じ形をしている。
余談
- ゴッホ自身の人生(貧困、精神的な不調、炭鉱労働者と共に暮らした経験、耳の自傷)と、サイバーパンクの「high tech, low life」という標語や身体改造というモチーフには、筆者個人としては通じるものを感じる
- ただしこれは筆者の主観的な読み込みであり、学術的に裏付けられた話ではない
- 現在のAI画像生成の界隈では、「ゴッホ風×サイバーパンク都市」という組み合わせのプロンプトがしばしば見られる
- 『星月夜』の渦を巻く筆致と、ネオンに彩られた夜の都市というモチーフの相性の良さが、直感的に支持されているのだと思われる
まとめ
- ゴッホはドイツ表現主義の最重要の先駆者とされ、その表現主義はフリッツ・ラングの『メトロポリス』を経て、『ブレードランナー』の視覚言語に直接受け継がれている
- つまりサイバーパンクの原型となった映像には、ゴッホにまで遡る系譜がある
- 一方、ゴッホは浮世絵に傾倒したジャポニスムの体現者であり、サイバーパンクもまたテクノオリエンタリズムという形で日本への強いまなざしを持っている
- 両者は直接の因果関係こそないが、「自分たちの時代の日本を通して新しい表現を模索した」という構造がよく似ている
参考文献
- Van Gogh and his Influence on German Expressionism - The London Magazine
- Die Brücke Movement Overview - TheArtStory
- “Metropolis”: The 1927 epic that inspired “Blade Runner”
- How Blade Runner Made Metropolis’ Sci-Fi Vision Immortal 40 Years Ago - Paste Magazine
- Japonisme - Van Gogh Gallery
- Van Gogh and Japonisme - artelino
- Morley, D., Robins, K. (1995). “Spaces of Identity: Global Media, Electronic Landscapes, and Cultural Boundaries.”
- Techno-Orientalism - Wikipedia
- Bethke, B. (1983). “Cyberpunk.” Amazing Stories.
- How Many Paintings Did Vincent Sell during His Lifetime? - Van Gogh Museum
